「熊野林業」第12号

記事の掲載について

公益財団法人熊野林業が発行する機関誌『熊野林業』について

第12号の記事(青字)をこちらに掲載しています

※記事内容や執筆者肩書につきましては発行時のものとなりますのでご了承ください



『熊野林業』を無料で配布しています

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番号 題名 執筆者
1 熊野川流域の地質と斜面崩壊 日本地質学会会員 地質情報整備活用機構会員 後 誠介
2 熊野地方の希少植物 熊野自然保護連絡協議会 副会長 瀧野 秀二
3 熊野三山と参詣道 写真家 楠本 弘児
4 熊野のチョウ 環境省 自然公園指導員 山口 和洋
5 自分をみつめてみませんか? ~発展途上の息子たちへ~ 藤原 美智子
6 非皆伐・択伐林を目指して 公益財団法人熊野林業 常務理事 泉 諸人
7 「熊野地方の自然を学ぶ学習会」報告 財団事務局
8 非皆伐施業参考林分 財団事務局

2 熊野地方の希少植物 熊野自然保護連絡協議会 副会長 瀧野 秀二

 はじめに

 和歌山県レッドデ-タブック「保全上重要なわかやまの自然」は平成13年3月に発行されました。その中では維管束植物(シダ植物、種子植物)では527種が絶滅危惧種として選定されています。そのうち75種がシダ植物、69種がラン科の植物で、開発や園芸採取が減少のおもな原因として考えらます。また、約74%にあたる390種が紀南地方に生育しており、温暖多雨な気候条件や急峻な地形が影響しているものと思われます。
 
 国や各府県がさらに精度を高めて「レッドデ-タブック」を改訂していく中、和歌山県も平成21年度、レッドデ-タブック改訂委員会を発足し、平成24年度改訂版発行をめざして現在作業中であります。

 一方三重県では、「三重県レッドデ-タブック2005植物・キノコ」を平成18年3月に発行し、維管束植物642種の絶滅危惧種を選定しています。

 改訂事業では、基礎資料である植物標本の充実を最優先に実施しました。調査は継続中ですが、熊野地方の調査結果から、
(1)和歌山県内で新たに確認された植物、
(2)過去に記録はあるが、現状が不明であった植物、
(3)新たに分布域が確認された植物、
(4)近隣の三重・奈良県南部では確認されているが、和歌山県では見つかっていない植物
について述べてみたいと思います。

 (1)和歌山県内で新たに確認された植物

 タマムラサキ、ヒロハドウダンツツジ、カノコユリの3種です。
 
 タマムラサキはヤマラッキョウの一型とされていたものですが、牧野富太郎がかつてつけた名前が復活したものです。葉の幅が広いのが特徴で1cmほどになり、まるでニラの葉のようです。県内でも串本町大島海岸の林縁でのみ自生が確認されています。

 ヒロハドウダンツツジは奈良県の果無峠や三重県の子の泊山のいずれも海抜900m付近で見つかっていましたが、和歌山県には自生していないとされていました。ドウダンツツジは公園や庭などに植栽されるため、自生かどうか紛らわしい場合があります。今回発見した場所は高田川の川岸で、標高は4~50m、川岸の岩のすき間に根を下ろした大株の周辺に20株ほど生育しているところから、自生に間違いないと思われます。

 カノコユリは  四国(徳島・高知)、九州(鹿児島・熊本・長崎)に分布し、本州では生育が確認されていませんでした。この植物も庭に植えられていることが多く、時々逃げ出したものが野生化していることがあります。ところが今回見つかった場所は、古座川町の人家から離れた川岸で、高さ4~60m程の岩壁にも着生していることから、逃げ出したものではなく、明らかに自生種であると思われます。また、今年になってさらに上流の岩壁に20株ほどが着生しているのを確認しました。

 カノコユリは九州のものをシマカノコユリ四国に自生する岩壁から垂れさがるものをタキユリとよぶ説があり、古座川のものはタキユリのタイプです。

 (2)過去に記録はあるが、現状が不明であった植物

 過去に自生の記録はあるが標本が存在しなかった植物にはボウラン、セッコク、ナゴランなどのラン科植物があります。

 ボウランは三重県では相野谷川沿いの所々で見られますが、和歌山県側では速玉大社のオガタマノキに着生しているのが、唯一の自生地です。

 セッコクは今でも愛好家が多く、見つかれば盗掘されてしまう植物ですが、ヒトの手の届かない高いところに着生しているものはかなり残っており、むしろ標本が存在しなかったのが不思議な植物です。

 ナゴランは県内ではすでに絶滅したのではないかと思われていました。今回の調査では、愛好家が以前見たことがあるという那智勝浦町の山林で数株の自生を確認し、貴重な標本も得ることができました。

 ラン科以外の植物では、クサナギオゴケ、ソハヤキミズ、ヒメノボタンなどがあります。

 和歌山県の植物を調査し、一万点余りの標本を残した小川由一氏の標本目録に、旧熊野川町小口付近で採集したクサナギオゴケとソハヤキミズの記録がありました。クサナギオゴケは記載どおり和田川沿いで見つけることができました。一方ソハヤキミズは記録されている思案坂から辞職峠では見つからず、田長谷の湿岩上で偶然発見しました。

 ソハヤキミズはもともと和歌山県と宮崎県でのみ生育が確認されていたが、宮崎県ではすでに絶滅したとされています。その後徳島県や三重県でも見つかっていますが、生育地がごく限られた、きわめて希な植物です。現在生育地として確認されているのは、その三カ所で田長谷はそのうちの1つです。

 ヒメノボタンは本州で唯一新宮市周辺に分布していた植物です。小川由一氏の標本目録にも三重県成川の記録が残されています。日当たりのよい田んぼの畦などに生え、昭和50年頃までは、新宮市桧杖や高田、さらに対岸の北桧杖などで普通に見られたようです。

 ところが20年ほど前からほとんど見られなくなり、平成20年には三重県北桧杖に自生する2株のみとなっていました。その2株も21年には枯れてしまい、本州では絶滅したと思われていました。ところが22年9月、新宮市高田で100株ほどが自生してきれいな花を咲かせているのを確認しました。92歳のおばあさんが自宅裏の山裾で「大事な花と聞いていたので、この場所だけは鎌で草を刈りヒメノボタンを残していた。」とのことでした。放置される田んぼや畑が増え、草苅り機や除草剤の使用が希少植物の生育場所を奪った結果といえます。

 (3)新たに分布域が確認された植物

 新たに分布域が確認された植物としては、シダ植物のリュウビンタイ、ラン科のカゲロウラン、ヤクシマアカシュスランの3種があります。また、オオママコナ、チョウジソウ、コウヤシロカネソウについても新たな自生地が判明しました。

 リュウビンタイは太地町、那智勝浦町や新宮市、三重県紀宝町、さらに尾鷲市などで比較的多く見られます。ところが、それより南の古座や串本ではあまり知られていませんでした。今回串本町の3箇所で自生が確認されましたが、そのうち上田原のものは20株を越える群落です。いずれも昭和40年代に植林されたと思われるスギ林の林床で、スギの葉の間を通り抜けてくる光の量と、適度な湿り気がリュウビンタイの生育に適していたと思われます。

 カゲロウランは平成5年白浜町で本州では初めて見つかったものですが、平成22年県内2箇所目の自生地が串本町で見つかりました。串本町のほうが自生地の面積が広く、株数多くあります。

 ヤクシマアカシュスランは平成6年新宮市の山中で100株を越える群落として見つかりました。容易にヒトが近づける場所ではなかったので、安心していたのですが6年後にすべて盗掘され、群落は壊滅されました。その後市内の別の場所で20株ほどの自生が見つかり、さらに22年の調査でもう一箇所自生地を確認されました。カゲロウランやヤクシマアカシュスランの花は地味ですが、愛好家に見つかればラン科ということで、盗掘される恐れは十分にあります。

 オオママコナは平成3年古座川町で発見され、翌年新種として記載された和歌山県固有種です。今回の調査で古座川町を中心に東は那智勝浦町浦神から、西は串本町有田にかけて生育していることが判明しました。生育地は多くの場合、やせ尾根でウバメガシの疎林の林床です。

 チョウジソウは湿地の周辺に生える植物で、池の谷湿地や古座川町の湿地で見つかっていました。今回の調査により、古座川町明神の休耕田の埋め立て地で大群落が見つかりました。ただ、湿地は時間がたつと陸地化が進み乾燥するため、今ある群落がそのまま残るのは難しいと思われます。

 コウヤシカネソウは和歌山、奈良、三重、徳島県に分布するキンポウゲ科の小形の多年草です。県内では高野町など北部を中心に生育しています。今回の調査では田辺市本宮町の熊野古道沿いで自生地が見つかりましたが、個体数はそれほど多くないのと昨年の台風の影響が心配です。

 (4)和歌山県未確認種

 熊野地方は山と川を挟んで奈良県、三重県と接しています。県境の近くに生育していて、和歌山県ではまだ見つかっていない植物に、ヒロハコンロンソウ、ケイビラン、チャボツメレンゲなどがあります。

 ヒロハコンロンソウは野迫川村や十津川村芦廼瀬川の国道425号線沿いに自生があります。ケイビランやチャボツメレンゲは三重県御浜町から熊野市にかけての岩山に広く分布しています。川を隔てた和歌山県側には同じような岩山があるにもかかわらず、まだ見つかっていません。

6 非皆伐・択伐林を目指して 公益財団法人熊野林業 常務理事 泉 諸人

 ここ熊野地方は温暖多雨の気候の中で、木がよく育つ環境にあります。
 
 昔からスギやヒノキの植林が盛んに行われてきました。その結果今ではこれらスギ・ヒノキの人工林が山の奥深くまでたくさんみられます。

 相対的に広葉樹を主体とした天然林は減少してきました。とりわけ戦後の拡大造林(天然林を皆伐してスギ・ヒノキの人工林に植え替える)によって天然林は減少を加速させてきました。

 近年は製紙用のパルプ材が外材の方が安いこともあって需要が激減してきた結果、天然林の伐採(皆伐)はみられなくなってきました。

 この様な現状を前提にして、熊野の山々を見ると人工林と天然林が比較的はっきりと区分してみられます。

 天然林と人工林が混生している様な、モザイク状な山はほとんど見ることができません。また人工林と天然林の他、ところどころに皆伐跡地(はだか山)がみうけられます。

 このような熊野の森林の中で私共の財団法人の基本的方針であります。非皆伐~択伐林の森づくりが今後進展してゆくことを願っています。

 まず今でも多く見られる皆伐方式による森林の場合をみますと、皆伐によって長年に渡ってつくられてきた森林が裸地化(はげ山)することになります。

 山の裸地化によって様々な悪い影響が出てくると考えられます。

 それは、雨などによる林地土壌の流出から土壌の悪化を経て地力の減退へとつながってゆきます。これらのことによって一方では山腹崩壊の危険性も高まり、場合によっては大規模な林地崩壊が発生する危険性もあります。一方では森林が無くなることによって、そこに生息していた昆虫を始め、多くの動物達も生活の場を追われて、いわゆる生物多様性が失われてゆくことになります。

 このようにいったん壊された森林が元の森にもどるには非常に長い年月がかかるし、人工の森にもどすには多額のお金が必要となってきます。

 昨今の木材価格の低迷により、人工林にする為の費用が捻出できないこともあって、皆伐跡地をそのままにしておく(放置林)ことが数多く見られます。

 このように皆伐方式によることは環境面からみても、又災害の危険性からみても好ましい姿とは言えません。

 これに対し、非皆伐方式の場合を考えてみると、森は常に林木を中心とした多くの植物で覆われています。

 このことは前述の皆伐に伴う危険性が極めて少ないことを意味しています。

 つまり表層土の流出~土壌の悪化~地力減退~山地崩壊の危険性が少ないことであります。

 又多くの生物が生息する生物多様性の森林が維持されることにもなります。

 このことから非皆伐の森林は、持続性と健全性共に皆伐に比べて遙かに優れているといえます。

 非皆伐方式は、中令林(約60年生)位までは間伐の繰り返しで、本数調整を行いながら、林内にも光を入れて下層植物を促してゆくことになります。その間伐の中で採算性がある場合は搬出して売り上げることになります。中令林を超えて高令林になってくると、間伐率を少し上げて、より林内へ光を取り入れるようにします。こうすることによって、下層の植生だけでなく下層から大きくなって中層木に育ってゆく木も出てきます。やがて100年生を超えてくると、上層木、中層木、下層木の三層ほどの複層林が形成されてゆきます。

 場合によっては下層に植林を実施することもあります。

 こうして長い年月を掛けて形成された複層林は針広混合の天然林に近い、いやそれ以上の美しい森となってゆくことになります。
 
 こうなれば上層の高令木は価値の高い木となっているので、後は少しずつ伐りぬいてゆく、いわゆる択抜林へ移行してゆきます。

 この様に非皆伐を原則として、やがて択伐林へともってゆくことが理想と思われます。

 但、択伐林といえども問題点もあります。それは伐採搬出コストが高くなるということです。

 具体的には、伐採する木の選定から残す木をキズつけないように伐採する技術、又搬出する際も残す木を傷めないようにする配慮など…。これらによって皆伐に比べてコストが高くなってゆくことになります。長年の木材価格の低迷によって木材の売上収入に対する経費が釣り合わない状況になっている現状があります。そしてこの不釣り合いの助けになるのが間伐補助金で、補助金に頼っているのが現状であります。

 金銭的な問題もありますが、森林の環境面を考えると、やはり非皆伐~択伐林の森林をつくってゆくことが理想であるし、重要かと思います。

 皆伐林は木材を生産する為に、又天然林は環境を保全するためにという単純な区分けではなく、ここに非皆伐の択伐林を入れて、木材生産と環境保全を両立させる森林を目指すことが必要であると思います。

 なぜなら択伐林は高度の木材生産と環境保全を兼ね備えていますから、これらの森林のあり方としては木材生産と環境保全のいずれか一方に弱点を持つ皆伐林か天然林ではなくて、択伐林を第三の柱として導入拡大すべきではないでしょうか。

 私共財団法人熊野林業はこれからも非皆伐・択抜林の森林を目指して努力してゆきます。

 

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