田長谷をゆく

田長谷をゆく

 国道一六八号線から田長谷林道に入り少し進むと、桜の花が出迎えてくれます。 (四月)道沿いには、ソメイヨシノが何本かならび、目を対岸に移すと、ピンクに近い山桜が点在して、ふか緑の中にポツポツとピンクの花がある様子が山を一段と美しくしているようです。

 それから一~二分進むと、右手に大きな滝が目に入ってきます。高さ八十六メートルのはなじろの滝です。滝全体がみえるところまで昇って、じっくりと眺めてみれば真白な二段の水が豪快に流れ落ちている堂々とした姿をみることができます。ここ田長谷は、中腹よりも下の方が傾斜がきびしく、そのせいか小さな滝が林道のすぐ横でも見られます。

 中腹から上に行くと、谷の流れは比較的ゆるやかになっていて、透明な水の中に映し出してくる色は、茶色がかった岩の色や岩床に生きるコケの緑色など様々な色を醸し出しています。

 林道の入り口から車で二十分ほど入ったところに森林公園入口の看板が目に入ってきます。ここは、田長谷天然林の代表的なところで一周一時間ほどの周遊コースが設けられています。

 車を止めて少し中に入ると、杉と桧の大木がまるで兄弟のように仲良く立っているのが見えてきます。その周りにはモミやツガの大木が平然と立ち並んでいます。一本一本が二百年~三百年の年齢を重ねてきた貴重な木生をもった命だと思うと感無量な心境になります。

 大昔の熊野の森を目の前に見ていると、この雄大な自然をいつまでも後世に残しておきたいという願いがしっかりと湧いて来ます。

 春(三月〜六月)の季節は紅白の花々が目を楽しませてくれる時です。ネムノキ、ヤマボウシ、ヤマツツジ、シャクナゲ、色々ありますが、中でもアケボノツツジの淡い赤色は特に可憐で美しく思えます。(アケボノツツジは林道最上部の標高八百メートル附近に点在。)また、植物だけでなく動物の宝庫でもあるようです。大型のものは鹿、カモシカ、猿がよく見られます。

 林道を走っていると、時々姿を現すのが鹿とカモシカです。その愛らしい目に出くわすと、とても嬉しい気分になるのですが、実は杉や桧、とりわけ桧の食害が近年たいへん激しくなっているのも事実です。また、林道脇の側溝の水たまりをよく見てみると、イモリや山椒魚を見ることもできます。他にトンボや蝶も季節には乱舞しています。とにかく道をゆっくりと走って、まわりに目をはらせば色々な動植物に出会うことは間違いありせん。

 ここ田長谷は生き物の宝庫のようで、本当にすばらしい自然環境を保っていることは確かなようです。

 車を止めて少し林道 を歩いてみます。今度は目を上にめぐらすと、様々な木々の葉模様が目に入ってきます。中でもヤマモミジとネムノキの幾何学的な葉模様が面白いと思います。大葉をもつ木も雄大で魅せられます。トチノキやホウノキがよく見られますが、近頃ではトチノキは珍しく、特に大木はほとんど見 ることができなくなっているようです。五月の雨上がりには、ここでよく見られるシキミの葉が、林道脇で光り輝いて見えます。

 ここ田長谷は、天然林もたくさん残っていますが、中腹から上部は比較的人工林が多いところです。普通人工林では杉や桧の一斉林で下層木も少なく、単純な林が多いように思いますが、ここでは少し様子が違っています。 手入れがされているせいか、よく光が林の中に入っているようで、山に入ると明るく、木の下には広葉樹がよく育っているのがわかります。足元を見ると、スギゴケが幾重に一面を覆っていて、歩くとフワフワとした気持ちで、雲の上を歩いているようです。もっと上部では、百年あまりの杉林が林立していますが、もちろんこれらの森でも三十メートルを超える杉木の下層は広葉樹がよく入っています。

 六月頃最上部まで走ると、とりわけ美しい森が見えてきます。百二十年の杉大木の下には、びっしりと山アジサイが美しい花を咲かせて、まるで花畑のようです。

 とにかく田長谷は四季折々、美しい姿を見せてくれます。

 いつまでも残しておきたい熊野を代表する森です。

 

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