「熊野林業」第3号

記事の掲載について

公益財団法人熊野林業が発行する機関誌『熊野林業』について

第3号の記事(青字)をこちらに掲載しています

※記事内容や執筆者肩書につきましては発行時のものとなりますのでご了承ください



『熊野林業』を無料で配布しています

ご希望の方はお問い合わせフォームよりご連絡ください



番号 題名 執筆者
1 山歩きの一刻 京都大学 名誉教授 佐々木 功
2 環境と森林交付税の考え 和歌山県本宮町 町長 中山 喜弘
3 林業の正しい理解 理事 早稲田 収
4 杉人工林経営の方向 東大総合研究博物館研究員 渡邊 定元
5 森林の経営と路網の開設(2) 大阪府指導林家 大橋 慶三郎
6 森林の現況と対応について 石原林材株式会社 社長 石原 猛志
7 かやの木館資料より 林業経営者 尾中 鋼治
8 熊野の林業とその原点 理事 浦木清十郎
9 「第三回、第四回林業研修会」報告 財団事務局
10 複層林施業と皆伐一斉林施業との比較 財団事務局 泉 諸人
11 非皆伐施業参考林分 財団事務局
12 作業道作設の参考資料 財団事務局

5 森林の経営と路網の開設(2) 大阪府指導林家 大橋 慶三郎

 路網を壊すものは水

 山道を壊すものは水が一番で、路面を流れた水が集まって山腹へ流れ落ちて山を崩壊させます。集まった路面の水が山腹へ流れ落ちるところは弱いところです。

 また、山に降った雨は地表を流れ落ちる以外に地中へしみ込んで水の流れる道を通って流れてゆく水もあります。航空写真で見れば濃く写った線や帯条のすじが見られます。これらは断層によってできた岩石や緊密な土などが破砕されたところが多く、いわば排水管のようなも ので、開設のとき法高を高く切ると、その排水管を切断することになり、豪雨のとき法面から地下水が噴き出して法面が崩壊し、そのため路床も山腹も崩壊します。路網計画では航空写真でこのようなところを探すようにしています。

 さらに、谷部などの凹地形には土砂が溜まります。水の集まるところは土も集まるもので、このような溜まり土を堆積土といいますが、このようなところに高い法高で道を開設した場合、豪雨のとき道上の溜まり土がスベリ落ちて道が崩壊します。このため常に水が流れている谷以外の凹地形、とくに溜まり土のところは法切りに注意しています。できれば盛土にするほうがよいようです。

 以上のことなどに充分な配慮が必要で、特に開設しようとする場所の地形や地質を調べることは当然ですが、地滑りが起こりやすい地形、基岩(土の下の岩盤)が破砕されたところ(破砕線、破砕帯)崖鍾(崖の下に土が溜ったところ)下部の溜り土、ヘアーピンカーブの開設に適したところなどに気をつけています(これらについては後で述べます)。

 計画の仕方

 まず地形図で概略をつかむ

 広い林地を歩き回って幹線を計画することは困難ですから、まず、全体の状態を知ることで、そのためには地形図から情報を得ます。普通、森林基本図では、たいてい10m間隔の等高線が描かれた1/5000の地形図ですが、林地が広い場合は、これを縮小した1/10000の地形図から全体の姿を摑んでから1/5000の地形図によって情報を得るようにしています。

 山には道をつけても心配ないところ、よく分からないところ、道を付けると危険なところなどが入り交じっているので、地形図(1/5000、10m間隔の等高線) から、それらを探し出して、心配なところを青(緑)、よく分からないところや凹部の堆積土のところを黄、危険なところを赤色の三色に塗り分けて緑のところを主に幹線のゾーンを計画するような資料をつくることからはじめています。

 山に道を開設すると後々の維持管理や補修がついてまわります、また台風などの豪雨で崩壊しては大変ですから、土質の安定した青色のところに計画するようにしています。

 イ、安心できるところ

 1)凸地形

 安心出来るところは、昔から土が動いていないところ(定積土)で、これからも動くことはありません。それは凸地形(尾根部)で等高線の線形が乱れてなく円味があり厚みがあるところです。

 等高線は航空写真から作図したもので、人が見やすいように円く描いてあるので実際と違うところがあるので地形図の判読には十分注意しています。

 円味があり厚みのあるところは安定したところで、 道をよく受け入れてくれます。

 2)斜面傾斜の緩やかなところ

 斜面の勾配が急であれば切取法高が高くなり、また当然構造物が必要になり、道の開設費が嵩みます。

 土の移動だけで道を開設できる斜面勾配は、普通の土質の場合的以下の凸地形の斜面です。それは、高さ :等高線の長さ(水平距離)=1:1.5以下で、先 の1/5000の地形図では直径1cmの円内に等高線が3本(等高線間隔が3mm程度)および、それ以下です。

 3)道を計画できる斜面の限度

 普通の土質での緑色(色分けでの)の限度、つまり簡単な構造物(丸太組)を入れて計画できる斜面の限度は、凸地形では、 高さ:等高線の間隔の長さ(水平距離)=1: 以下 の勾配(s)です。凸地形で、これより緩い斜面のところは緑色を塗ります。これは直径1cmの円内に等高線が4本および、それより少ないところです。

 急峻地では、これ以上急な斜面にも計画しなければならないときもありますが、限度は大体この程度です。

 ロ、凹地形(谷部)は黄色と赤色

 凹地形(谷部)は黄色と赤色です。水の集まるところには土 も集まるもので、先の定積土と違って大変不安定な土質(堆積土)か或いは岩石地です。凹地形での等高線は樹木の高さが基準になっているから、どうしても実際の地形よりも緩く描かれているため勘違いしやすいのです。慣れてくると航空写真の樹高から地形を推測しますが、現地踏査のときに行ったほうがよいと思っています。

 計画の段階では、凹地形で岩石地以外は高さ :等高線の間隔の長さ(水平距離)=1:1.5以下の勾配(等高線の間隔は3mm)より緩いところで計画します。

 凹地形では溜り土のところも多く、危険なため勾配が緩くても黄色を塗ります。そして、先の勾配より急なところは赤色です。

 ハ、地滑りが予想されるところは勿論赤色です

 これについては後で述べます。

 ニ、ヘアーピンカーブの適地は

 ヘアーピンカーブは尾根などの凸地形で計画するのが原則ですが、どうしても凸地形で計画できないときは谷 (常水のある)で計画します。このとき破砕線(断層などで基岩が破砕された線状または帯状のところ。リニアメントで、これについては後で述べる)には十分に注意し ます。破砕線が交差したところは駄目です。ヘアーピンカーブの適地は

 凸地形での斜面勾配は、高さ:水平距離=1:17より緩いところ。
 谷(常水のある)では、高さ:水平距離=1:2.0より緩いところです。

 色分けのまとめ

 以上のような方法で地形図に交通信号のように緑、黄、赤の三色の色分け図をつくります。

 斜面の緩やかな、円味、厚みのある、昔から変わらないところは安心できますが、斜面勾配がキツイ(急峻)、 削げた(谷筋や崖鍾下部などの溜り土の斜面は削げている)、尖った(等高線の尖ったところは岩石地)、等高線が複雑に曲がったところ(こんなところは多くの変動を受けている。弱いところはシワがよる)は、どうも安心できません。これは何も山に限ったものではなく、人間社会でも言えることです。このように何にでも通用するものが法則であろうと思っています。

 航空写真から情報を判読します

 さきのような方法で色分けした地形図に航空写真から得た情報を書き込んで路線のゾーンを計画します。地形図では分かりにくい情報も航空写真では分かりやすいからです。航空写真は白黒よりカラー写真のほう色相、明 度、彩度の三要素が表れていますので土壌、植生、水分 状態がよく分かります。航空写真では主に次のような情報を得ます。

 イ)崩壊が発生しやすいところ

 崩壊が発生しやすいところは、斜面傾斜の変わり目(傾斜変換線)の直下または尾根直下の谷の頭にある窪んだ急斜面で、このようなところは航空写真では周囲よりもやや濃く (黒く) 写っていることが多いので注意します。

 ロ)地滑りが発生しやすいところ

 地滑りが発生しやすいところは釣鐘型の濃い筋(伏流水)が写っており、この範囲が地滑りするようです。

 ハ)破砕帯、破砕線の判読

 路網の開設では、断層破砕帯、割れ目などの地質の弱い線を把握することがきわめて重要です。後背地の条件で地下水の通路であることが多く、高い切取法高で開設すると豪雨のとき法面から地下水が噴出して崩壊することは先に述べました。

 また、基岩が破砕されていところは法面が崩壊するので、破砕線を探し出して、その走行線と大きい角度で交わるようにしています(破砕線と平行に計画するのは大変危険)。

 これらの理由で、断層破砕線などを写真から判読して地形図に赤色の線を記入します。

 規模と性質から、長い大規模なものを破砕帯、短い小規模のものを破砕線といいます。(了)

 (大橋式作業道実践指導者)

8 熊野の林業とその原点 熊野林業研究所 会長 浦木 清十郎

 紀伊の国、熊野には、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三大神社があり、熊野三山と云われるが、熊野本宮大社の主神は家津御子之神、即ち素戔鳴尊である。素戔鳴尊は木の神でもあり、熊野本宮大社では毎年四月に木苗祭が行われるが、日本書記第一巻(神代上) の中に、「五〇猛神天降ります時、多に樹種を持ち下りき。然れども韓地に殖ゑずして、盡持ち帰りて、遂に築紫より始めて大八洲国の内に播殖して、青山に成さずと云うこと莫し、所以に五○猛命を称えて有功之神と為す、即ち紀伊国の所巫す大神是なり。」という件りがあります。

 又、一書に曰く、素戔嗚尊の曰く、「韓郷之嶋は是れ金銀有り、若使吾がみこの所御す国に浮玉有らずば、未是佳世とのたまひて乃ち、髭背を抜き散つ、即ち杉と成る。又胸毛を抜き散つ、是れ檜と成る。尻毛は是れ枝と成る、眉毛は是れ樟と成る。己にして其の用ふべきを定む。乃ち称して日わく、杉及び樟、此の両樹を以て浮寶と為す可し、檜は以て瑞宮を為す可し、枝は以て頭見蒼生の奥津棄戸に将臥さむ具に為す可し、夫のくらうべき八十木種も皆能く播し生つ、時に素戔鳴尊の子、號を五十猛命と曰す、妹は大屋津姫命、次につま姫命、凡て此の三神、亦能く木種を分布す、即ち紀伊国に渡し奉る。素戔嗚尊熊成峰に居しまして、遂に根国に入りましき。」と記されている。

 以上神話(日本書記)にある様に、熊野は神代の時代より木と植樹が行われて居り、又杉、檜、楠、栂等が出材され、その用途に応じて利用されていた事を物語って居る。

 亦、記にはイザナミ之大神、火の神を生みて亡くなられ、紀伊国、熊野郷有馬の里、花のに葬られるとある様に、火の神の事が述べられている。前述の熊野三山のうち、速玉大社では二月にお燈祭りが行われ、本宮大社では四月大祭に於いて修験者によるお火焚の祭事が行われ、 又那智大社では七月に大かがり火による火炎の大祭が行われる。即ち熊野は火に関係が深い事は薪や炭が産出し、精錬や鍛冶が古代より行われていた事を物語っている。これは薪が豊富であり、製炭も発達して居たのであろう。

 熊野の地主神(土着の神)である、高倉下命(熊野各地に祀られている)は、鍛冶の頭領であったと云われている。熊野川は砂鉄が産出し農耕用具(くわ、すき)や、なた、よき、刀剣等が製造されて居たと云われているが、これは良質の薪炭が必要であり、現在も熊野の備長炭として有名な整炭の技術が古い時代に発祥したものと思われる。

 又、紀州は味噌、醤油の発祥の地(湯浅地方)であると云われるが、味噌、醤油、酒等は大きな樽が必要であり、杉による大樽が作られており、大径木の杉、檜等が古代より利用されていたことは神話にある通りである。又本宮町には音無紙と云う和紙の製造がなされていたが、 コウゾ、三又等による高質の和紙も古くより生産されていた。傘は紀州が元祖と云われるが、傘の骨の竹や、番傘に貼る紙と、それに塗るシブも紀州の山から採られたものであろう。

 又本誌熊野林業二号にも記述した様に、各種の木工品、あみ傘や籠、棹、竿や川舟や各種家具や道具等色々な木工品が作られており、古くから椿からは櫛が、ツゲからは印の材料が、楠からはタンスや家具が、樫からは棹や白炭、カヤからは基盤や将棋盤を、ケヤキからは机や床 板等、サクラからは机や敷居等、熊野の暖帯照葉樹林と、杉檜松梅木等の針葉樹からは各種建築材や家具、道具類が作られ、そしてこれらの生産材は単に天然林から採取するだけでなく、継続的林業として採取や伐採と共に植樹が行われていたと考えられ、なすび伐りと共に、今で も古座地方にウマベ樫の萌芽、択伐等に見られる林業が古くより行われていたのである。

 神棚にささげる榊は熊野の林の中に多く見られるが、古来より榊は神様に捧げて来たのであろう。日本の姓で一番多いと云われる鈴木姓は熊野が発祥である。去る武家の大将が熊野にでた時、或る神官が榊の木に鈴をつけて、その大将に差し出した所、大将は大層感銘し、その人に鈴木姓を与えたのだと云う。

 なすび伐りやウマベ樫の択伐、又大径木の抜き伐り等は、一斉皆伐、一斉造林の行われる様になった近年、如何にも原始的、非科学的、非技術的と思われているが、それは全く思い違いであり、逆なのである。即ち、林業として、技術的にも極めて高度な配慮が必要であり、皆伐一斉造林の様に単純なものでなく、皆伐一斉造林こそ目先利益にとらわれた近視眼的経営であり、単略的な林業経営なのである。

 以上の如く、熊野は古来より、木材(大径材、小径材) や多種類の林産物を産出し、本来の林業が営まれて来たのであり、林業の歴史として、日本で最も古いものである事が想像されるのである。

 又現在我が国では、杉、檜が主に植林されて居り、林業とは用材のみを生産する造林の事の様になって居るが、前述の様に林産物は多種多様である。そして杉、檜が最も有用で、将来もこれに限って収穫されていくという考えは誤りである。何故なら時代の変化で世の中のニーズ は変わるからである。何十年先の事を全て今現在の事に置き換えて推論する事は危険である。現在の有用な樹木を植えようとする考え方に傾くのは無理もないが、何十年先の事は予測がつかない。経済の見通しや物価のトレンド等は、三年~五年先でも難しい。まして三〇年~五○年以上の事を考慮する林業の予測は不可能に近い。今現在の事にとらわれているだけでは将来の事は見誤るであろう。

 将来の経済や需給の事はさておき、自然の恵みを最大限生かし乍ら、天然自然を手本として、森林を育てるべきである。森林の生態や成長を予測する事は可能である。即ち森林の自然の生態をよく見極め、それを第一に重点を置き、林産物を収穫できる森林の基盤を整える事である。自然の恵みを、自然を毀さない範囲で森林を育てる事を第一義として、それから載く林産物については、人間の欲望や目先の利を優先すべきではない。自然を大切にしながら、果実として成熟したものの中から時代のニーズのもを頂くのである。

 そして今一番問われて居るのははたして林業は成り立つのであろうか、と云う事である。林業は土地+森林が林産物の生産基盤でありますので、皆伐は生産基盤迄根こそぎ伐採売却する事になり、生産工場そのものを(土地を除いて)取り壊し、売却する事と同じである。従って皆伐一斉造林は工場に当たる基盤作りから始めなければならない。前述の様に林産物の収穫を生産基盤諸共売却して、その都度基盤整備の設備投資を行い、林業の基盤である森林が生育し、設備に当たる森林基盤が出来上がる迄長年月を要する。この様な生産基盤迄その都度毀す皆伐方式は成り立つ筈はないのである。

 あくまで生産基盤を残し、又は基盤を育成し乍ら、その果実である林産物の収穫をする事でなければ健全な林業とは云えない。この方法を行うと設備投資費用と設備造成期間が限りなく減少し、果実のみを得る森林基盤が確立すれば、果実である林産物の収穫には赤字にはなら ない。然も基盤である森林は、一般生産工場の様に償却、低減する事はない。

 今迄の間違った林業経営の為に、森林の基盤整備が出来上がって居ない場合、即ち設備投資期間中であり、収穫の少ないまま設備投資に年々に費用が嵩んで居る過渡期の状態の時(皆伐をして来た多くの林業はこの過程にある)、どの様に林業経営維持をして行けば良いであろうか。

 兼業農家と云う言葉がある様に、他の業態と兼業で林業を行う事は可能であります。否寧ろ林業の特殊性から兼業を積極的に薦めるべきであると思われるのである。

 即ち林業は天然自然の恵みを最も受ける業種であり、経営形態をできるだけ天然林型に近づける様にすれば、経営管理の人手は限りなく少なくなり、他の業種に避ける時間、労力の余剰が出来るのである。

 前述したが、伐採利用や保続管理、季節的か隔日か(月の内何回か)による管理で十分である場合、時間的、季節的、労務管理的余裕も他の業務に向ける事が可能である。兼業の他の業種又は業態は様々であり、立地や現況又それぞれ所有者、生活者の事情によって色々な事が考えられる。農業との兼業、土木やその他、又他の企業に勤める等、様々な場合がある。問題は林業と矛盾しない、時間的労力的に両立させるべき兼業を見出さなければならない。林業をやめて他の業界に移るとか、林業を犠牲にしながら他の業務を行うとかであってはならない。

(浦木林業株式会社社長)

 

PAGETOP
CONTACT