田長谷で見られるツツジ科・ツツジ属(Rhododendron)の植物
前回、熊野林業第8号では「熊野地方の植物相」と題して熊野地方の植生や植物相について概略を述べさせていただきました。熊野地方は他に例を見ないほど植物の豊富なところです。その代表的な場所の1つに田長谷から白見山、さらに大雲取山へと続く900mの稜線があります。豊富な降水量と複雑な地形に恵まれたこの地域には多種多様な植物が生育しています。まだまだ調査不足で、全体は把握できていませんが、ツツジ科ツツジ属の植物から紹介していきたいと思います。ツツジ科の植物は矮小な低木から小高木まで、すべて木本です。日当たりのよい岩地や風当たりの強い場所を好んで生えるものが多く、酸性土壌を好む傾向もあります。日本には約22属108種が分布し、ツツジ属は最大の属で52種が知られています。田長谷周辺で見られるのは次の8種です。
ヒカゲツツジ
関東以西の本州と四国、九州に分布する常緑低木で、高さは1~2m、川岸の岩壁や岩尾根などに生えます。葉は互生して枝の先端に集まってつき、幅約1.5cm、長さ約7cmの長だ円形で薄い革質をしています。4月の中頃葉の展開とほぼ同時に枝の先に2~6個の花を咲かせます。花の色はツツジでは珍しく淡い黄色で、上側の花弁には緑色の斑点があります。田長谷では4月初旬、鼻白の滝周辺から咲き始め、中旬には中腹の林道沿い、下旬から5月の初めにかけては尾根筋で見ることができます
バイカツツジ
北海道南部から本州、四国、九州の広い範囲に分布する落葉低木で、山地の林縁に生育して高さは2mほどになるが、あまり目立たないツツジです。7月初旬、花は枝の先端にある葉の下に隠れるように咲きます。直径2cm程の小さな花で、花弁は白色で反り返るように開き、上側に紅紫色の斑紋があります。ツツジの仲間では例外的に半日陰を好み、田長谷でも森林自然公園入り口から少し登った林道沿いで見ることができます。名前の由来は小輪で清楚な花をウメの花に見立ててつけられたものです
モチツツジ
静岡県から岡山県までの本州と四国に分布する半常緑低木で、高さは1~2m、低山や丘陵地の林縁や道ばたに生育しています。熊野地方ではごくふつうに見られるツツジですが、全国的には分布域が狭く近畿地方が分布の中心です。植物体全体に毛が多く、特に花柄やがく片には腺毛が密生して粘り、虫がくっつけられるほど強い粘りです。モチツツジの名前もこのように鳥モチのように粘ることから、つけられています。他のツツジと比べて花柄やがく片が長いのも特徴で、2cm以上になるものもあります。花は淡紅紫色、直径5~6cmの漏斗状で葉の展開と同時に枝先に2~3個つけます。花の最盛期は4月中旬ですが、暖かい熊野地方では真冬に花を咲かせているのを見かけることがあります。田長谷でも麓から尾根まで林道沿いの随所で見ることができます。また、モチツツジは他のツツジと雑種をつくりやすく、田長谷林道の中腹付近でウンゼンツツジとの雑種と思われる花の小さいモチツツジを見かけることがあります。
ウンゼンツツジ
温暖で雨の多い伊豆半島から紀伊半島、四国東南部さらに九州南部(大隅半島)の林縁や岩地に生育する半常緑の低木です。おそらく熊野地方が分布の中心と思われ、熊野酸性岩の分布する古座川周辺から那智山系、大雲・白見山系、子の泊山、妙見山を経て、尾鷲市にかけての山地に特に多く見られます。
ウンゼンツツジは熊野地方ではコメツツジ(米ツツジ)の愛称で親しまれてきたツツジです。今でもコメツブツツジとかコメツツジとか呼ぶ人は少なくありません。葉が小さくせいぜい1cmほどの米粒大であることから、そう呼ばれているものと思われます。しかしながら現在ではコメツツジの名は温帯上部の1500m以上に生育する全く別のツツジに与えられ、熊野地方で見ることはできません。
ウンゼンツツジのウンゼンは長崎県の雲仙岳を指しますが、ウンゼンツツジは雲仙岳には分布していません。ウンゼンツツジは江戸末期にはコメツツジと呼ばれていましたが、明治の中期にウンゼンツツジの名に入れかわり、雲仙岳のものはミヤマキリシマと呼ばれるようになったそうです。ウンゼンツツジをコメツツジと呼ぶのは、まったく根拠の無いことでもないのです
葉が小さく、刈り込むと多くの細い枝を出し、形を整えやすいところから、盆栽の愛好家に好まれブームの頃には盗掘が耐えませんでした。
花は他のツツジ類と違って、1つの花芽から1つの花を開きこの点はサツキと同じです。花の色は薄いピンクから紫に近い濃いピンクまで変化に富んでいます。田長谷林道脇でも、4月下旬山麓から咲き始め、5月中旬にかけて花の最盛期を迎えます。
ヤマツツジ
北海道南部から本州、四国、九州に分布する半常緑低木で、高さは1~3m、山地や丘陵の林内、林縁や草地に生育します。野生のツツジでは分布域が広く、日本人にもっとも親しまれているツツジです。ヤマツツジは花の色が朱色であることや、雄しべの数が5本であることなどから川岸に咲くサツキとよく混同されます。ヤマツツジは1つの花芽から2~3個の花をつけることや、葉の展開と同時に花が咲くため花期は4月であること、さらに、春に出る春葉のほうが夏にでる夏葉より大きいことなどの特徴があります。これに対してサツキは1つの花芽につく花は1個で、新葉が伸びたあとに花が開くので開花時期はツツジより遅く5月であり、また春葉と夏葉の大きさに差がなく、葉の表面には光沢があることなどで見分けがつきます。ただ同じヤマツツジでも山麓に育つヤマツツジは葉の展開がやや早く、新緑の春葉の中に朱色の花を咲かせます。これに対して尾根付近のヤマツツジは前年の夏葉が僅かに残った枝先に花をつけるので、朱色の花が鮮やかでよく目立ちます。田長谷ではこれら2つのタイプのヤマツツジを見ることができます。
トサノミツバツツジ
名前のとおり葉が枝先に3枚輪生するツツジの仲間で、熊野地方ではトサノミツバツツジの他コバノミツバツツジ、オンツツジの3種が分布しています。このうちコバノミツバツツジは白浜町など西牟婁地方では多く見られますが、熊野地方では少なく熊野川町宮井付近でわずかに見られるだけです。またオンツツジは海岸に近い疎林に生え、4月中旬から下旬にかけて、葉の展開と同時に朱赤色の花を咲かせます。
ミツバツツジの仲間は子房や花柄に腺点があって粘るか、長毛のみで腺点がなく粘らない、の2つのグループがあり、トサノミツバツツジは前者に、コバノミツバツツジやオンツツジは後者に属します。ミツバツツジの変種とされるトサノミツバツツジとの違いは雄しべの数で、ミツバツツジが5本であるのと、子房は腺点のみが密生するのに対し、トサノミツバツツジでは10本で、子房には腺点の他白毛が混じります。ところが熊野地方で見られるミツバツツジはこれらの中間型が多く、雄しべの数も6~10本と様々です。これはミツバツツジ分布域が東海地方で、トサノミツバツツジの分布の中心が四国であり、紀伊半島南部はその中間にあたるためと思われます。トサノミツバツツジの開花時期は早く、海岸部では3月の中旬から咲き始め、田長谷でも4月初めから徐々に上部の尾根に向かって咲き出します。葉が展開する前、よく分岐した多くの枝先に2~3個の紅紫色の花を咲かせるため、遠くからでもよく目立ちます。トサノミツバツツジは早咲きのヤマザクラとともに熊野地方に春を告げる花といえます。
アケボノツツジ
紀伊半島と四国に分布する落葉小高木で樹高は3~6mに達し、ツツジの類では大型のものです。近縁のものには福島県から三重県御在所岳に分布するアカヤシオや九州に分布するツクシアケボノツツジがあります。いずれも雄しべが10本で、上の5本は短く下の5本が長いのは共通ですが、アカヤシオの雄しべの基部には10本すべてに軟毛があるのに対して、アケボノツツジでは短い5本の基部にのみ軟毛があり、ツクシアケボノツツジは10本すべてが無毛、という違いがあります。アケボノツツジは紀伊半島では標高900m以上の岩の多い斜面や尾根の崖地に生育しています。4月末から5月初め頃、枝先に直径約5cm、杯形で広く開く淡紅紫色の花を1~2個付けます。多くの枝を出すことや葉が展開する前に花を咲かせるため、木全体を花が覆って見応えがあります。また、他の樹木が育ちにくい岩場に生育するため、群生することが多く山がピンクに染まります。
熊野地方でアケボノツツジを見るためには、大塔山、法師山、烏帽子山などで2~4時間山登りをしてやっと出会えるのがふつうです。ところが田長谷では林道が整備されたおかげで、車を降りて10分程ですばらしい光景に出会えるのです。
ホンシャクナゲ
新潟県以西の本州と四国に分布する常緑低木で、樹高は2~6m、幹の直径は大きいもので10~15cmになります。葉は幅約3cm、長さ約15cm、長だ円形で革質で厚く、表面は濃い緑色で光沢があり、裏面は褐色の軟毛が一面に生え薄茶色をしています。また葉は互生して枝先に集まってつき、その先に丸く大きな花芽ができます。そして5月中旬、この花芽から紅紫色~淡紅紫色の花を横向きに多数咲かせます。1つの花の直径は約5cmの漏斗状で7裂し、雄しべは14本あって基部や子房には毛が密生しています。母種のツクシシャクナゲとは葉の裏にある褐色の軟毛の多さや、雄しべの基部にある毛の違いで分けられます。ふつうは標高500m以上の痩せ尾根や岩場に生え、ヒノキとともに生育していることが多く、ヒノキ―シャクナゲ群集と呼ばれ、田長谷でも随所でこの群落を見ることができます。
田長谷の植物・1(ツツジ科)
田長谷の植物・1